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311。

シアトル時間の310日午後946分、
(日本時間の311日午後246分)
東日本大震災の犠牲者のための黙とうをささげました。


政府インターネットテレビで
東日本大震災一周年追悼式の中継を見ることができたので、
テレビにつないで、
滞在中の母と弟、そして私とデビブの4人で
見ていました。


一年前のあの日は、
寝る前に
地震のニュースを少しきいていたけど、
「またいつもの地震だろう」と、そのまま寝たのでした。
翌朝5時ぐらいに、
心配したミネソタのデビブ父(時差があるのでミネソタは7時とか8時だった)
電話でたたきおこされたせいで不機嫌になり、
「大丈夫、いつもの地震だよ~」とは答えたものの、
その後、テレビをつけてみたら、
あの津波の光景が繰り返し流されていて、
ササーッと一気に目が覚めたのでした。


シャイロがいたからまだよかったけど、
あのあと一週間泣き続けたなぁ。


テレビで東北の方言をきいていたら、
アメリカに来て初めて
ものすごいホームシックになった。
そして、
自分が日本にいないという罪悪感で
心がいっぱいになった。


デビブが、私を慰めるために、
花束を買ってきてくれたけど、
それに菊の花が入っていたせいで、
「なにこれ!お墓の花だ・・・」と、
よけいに涙が出たなぁ。



泣いてばかりじゃいけないと、
とりあえず心の区切りをつけて
いつもの生活に戻ったけど、
正直いって、
自分の生活がこれでよいのか、という気持ちを
ずっと持ったままです。



家族も無事で、今アメリカにいる自分ですらこうなのだから、
日本で家族を失った方々、原発で避難した方々など、
もっともっと、そういう宙ぶらりんな気持ちなのだろうと思う。
だけど、生きている人は、
イヤでも前を向いて歩いていくしかないのだろう。。。



あのときの想い、今の想い、
311の記憶、
すべてを忘れないように、
これから生きていかなければ、と思いました。
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